回転体のポリティクス
-豊嶋康子「前提としている領域とその領域外について」展-

文=勝俣涼

豊嶋康子の新たな作品シリーズ「地動説_2020」は、中心軸によって貫かれた複数の層が円弧の軌道をなして回転する、可動式の立体である。個別の作品各々には、特徴的なタイトルが付けられている。インタビュー動画(註1)で、これらは2020年に発生した台風の名称の数々であることが明かされている。日本では「1号、2号…」とシステマティックに定められる台風の分類だが、国によっては多様な「名前」で呼び分けられている。

作品はそれぞれ、長短の弧を備えた円形や扇型の薄い板が重なり合うことで構成されている。着色が施された板は、諸部分の回転によって視覚的な編成が様々に組み替えられる、今作の特性を強調する。そしてまた、軸に対して板が反り返った「刃」のように配置されているものもある。豊嶋によれば、この回転体には「草刈機」のイメージも投影されているという。3・11の後に携わり始めたNPOの活動の中で、自身が太陽光発電所の草刈りを行なっていることから、そのイメージが導き出されたと豊嶋は語る。さらに3・11というその背景と呼応するように、「軸を持つ回転体」をめぐっては、スタンリー・キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情』に登場する、放射性物質の半減期を測定するスケールもまた参照されていることを確認しておこう。

豊嶋作品に特徴的なアプローチとはこれまでも、基底=軸となる何らかの形式へと干渉し、その透明化された体制ないしシステムの枠組みを標準的なありようから「ずらす」ことで、当の形式が機能する実態を視覚化し問い直す、という回路をとるものだったように思われる。1シリーズの作品群を一挙に提示する、という発表形態にはそれ自体、同一の制作原理が個々に異なる実質を備えたバリエーションへと結実するさまを可視化し、その制作原理の所在こそを強調する作用があるだろう。つまり今回でいえば、色や形による編成の複数性それ自体が、「軸を持つ回転体」という一貫した形式的・機能的フレームを浮かび上がらせる触媒として働いているということだ。

さてまた別の形で、こうした干渉の媒体としてしばしば導入されるのが、社会的個人としての作家自身=「私」である。たとえば「ミニ投資」(1996-)のシリーズにおける、「豊嶋康子」という「名前」が書き込まれた株券はその好例だろう。巨大な市場の中で交換され、保管される商品から、作品として「見られるもの」へと転位された株券は、資本主義社会を構成する金融取引の原理を、具体的な実態において可視化する。そこに書き込まれた「名前」は言ってみれば、社会的・経済的実践の現場として「私」という位置を表現するものだ。今作「地動説_2020」において個別の作品が担う(台風の)「名前」もまた、回転体の原理が作動する複数の具体的な様態としての、数々のアレンジメントないしバリエーションを示唆するものではないだろうか。ここでは株券も、共通の軸の周囲で個々の座標を配分される板の連なりも、個人的・個別的な水準を超個体的なシステム(複数の身体=層を貫く基底=軸)へのコミットを通した諸相において捉える点で通底している。

「軸を持つ回転体」とは、台風や草刈機が実際にそうであるように、移動し、衝突し、分割し、分割され、巻き込み、放射するエネルギー体である。移動する中心。円の中心が移動する事態は、円によって囲い込まれ、力の及ぶ領域が変更されることを意味するだろう。この意味で、所有や統治の概念を伴いながら、回転体の運動はポリティカルな次元を指し示す。あらゆる方向の力学が働く場において交渉し、「領域」を画定し、境界線を引き、何ものかを定義し、「私」の輪郭を定めること(それによって、「私」と呼ばれる抽象的なシステムを問いにかけること)。言うまでもなく、境界線は揺らぎの中にあり、あらゆる形態の輪郭は「ずれ」、そのつど定め直される。本展が「領域」の語でフレームアップしようとするのは、このような実践の次元ではないだろうか。

(註1)「豊嶋康子 インタビュー / Maki Fine Arts」、https://vimeo.com/470514979、2020年10月27日閲覧。

<展覧会情報>

豊嶋康子「前提としている領域とその領域外について」
[会場]Maki Fine Arts
[会期]2020年10月16日-11月15日

〈掲載日:2020年10月31日〉


Profile /

かつまた・りょう
美術批評・表象文化論。1990年生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程修了。主な論考に、「未来の喪失に抗って——ダン・グレアムとユートピア」(2014年、『美術手帖』第15回芸術評論募集佳作)、「運動-刷新の芸術実践——エル・リシツキーとスターリニズム」(『政治の展覧会:世界大戦と前衛芸術』、EOS ART BOOKS、2020年)など。